怒ることは良いことか悪いことか
サンタクララの青空からこんにちは。
どうもおっちょこもりです。
今日も一時帰国中の熱中症注意情報が出ている日本からお送りします。
涼しいサンタクララがそろそろ、というかだいぶ前から恋しくなってきました。
怒るということについて考えた
前回の投稿のとおり、実家の断捨離をしたことで実家の父親と相当言い争った。
身重な身としては、イライラしたくないのだが、怒鳴られるから怒らずにはいられない。
ちゃんと了承を得てからやったのに、祖母のものを処分したのが気に食わなかったのか?
または、まだ実家に残る祖父母のものを片付けるように言ったのが気に食わなかったのか?
相手が自分の気持ちを話すことなく、いきなり怒鳴るから真偽の程は定かではないが、そんなところに苛立ち、怒りをぶつけてきて、こちらとしても相当心が乱された。
普段、博士太郎さんと平穏に暮らしているので、久々に頭に血がのぼったという感覚だった。
そして、なぜ人は怒るのかということについて蒸し暑い日本の夏に考えてみた。
欧米では怒ることは恥ずかしいこと
アメリカで暮らしていると、怒ることは恥ずかしいことだと考えているという印象を持つ。
どんなときでも、声を荒げて相手を威嚇するのは悪いこと。耐えるというか、気にしないことが美徳というような感じだ。
例えば、子供を大きな声で叱っているのをアメリカでは見たことがない。
他の駐在員の方から聞くに、そうした行動は子供の虐待だと捉えられるんだという。
確かに現地の日本人の友達から、日本から義両親が来た時に、ディズニーランドのカフェで義父がお酒を飲まないで欲しいとかで、義母が「お父さん!やめて!」とわちゃわちゃしたら、周りからすごい白い目で見られたと聞いた。
しかも、その後不憫に思ったのか、店員が子供3人にカップケーキをサービスしてくれたとか。
大人の怒りに巻き込まれる子供は可哀想な保護の対象なのだ。
つまり、大人は怒りをコントロールする必要があるというようだ。
アジア圏ではなめられないための行為
一方、アジア圏というか、中国や日本を見てみると、けっこう大の大人でも平気で怒っているのを目にする。
駅員にキレてる人だって普通に見る。
主張なのか、怒りなのかは不明だが、声を荒げてわちゃわちゃと文句を言う人を見るのはそんなに珍しくないだろう。
人口が多くてゆとりがないからなのか、周りの人に不快感を与えてでも、自分の立場を守るために必要なのだろうか、声を荒げて怒るのは普通だ。
欧米のように恥ずかしいことをしているという感じはない。
むしろ言ってやった!くらいの感じだろう。
子供に対しても公共の場で大きな声で注意をするのは普通のことだ。
私もアメリカで暮らすことなく、日本で生活してたら、公共の静寂を守るために、子供を外で大声で注意する親に違和感なくなっていただろう。
怒ることは良いことなのか悪いことなのか
さて、欧米とアジア対比をしてみたが、もう一度怒ることは良いことなのか、悪いことなのか考えてみたい。
結論から言うと、私は怒ることで相手を自分の言いなりに動かそうとすることは、悪いことだと思う。
なぜなら、多くの場合は怒らなくとも、相手にはちゃんと伝わるからだ。
ちゃんと伝えるためには言葉を尽くす必要があるかもしれないが、特に大の大人に対しては怒りで相手を屈服させるようなことはすべきではないと思う。
だから、子どもにも怒ってばかりいるような人になってほしくないと思う。
と言いながら、自分自身相当若いときは怒ってきたので、自信はないが反面教師にでもしてもらいたい。
そして、自分自身、怒りを放棄するようにして心穏やかに生きていきたいと思う。
ラスベガスでの無料のショーが天候で中止に
そういえば、以前ラスベガスに行った際に、1時間に1回行われる有名ホテルの火山ショー(無料)が悪天候のため、中止になった事態に見舞われた。
1時間に一回なので、30分くらい前から皆、場所取りをしたりして待っていた。
しかし、時間になってもショーは始まらない。そして1分くらいしたころに、
「今日は悪天候のため、ショーはやらない」
ということが放送で知らされた。
その時、私は「なんだよー」と悪態をついてしまった。
分かってるなら、もっと前から知らせてよ。と思ったのだ。
しかし、周りにいた欧米人たちは、皆文句を言うことなく、散り散りに去っていった。
日本で同じことが起きたら、若者など騒いだりしそうなものだが、老若男女、酔っぱらっていたり、麻薬っぽい何かを吸っていたりするのに、悪態をつくことなくしょうがないと受け入れていた姿には驚いたし、自分の行動を恥じた。
しょうがないことには怒らないということも、美徳の一つなのだろう。
多様性理解
この経験を通じて、怒りというのは相手に対する期待だとも思った。
こういうことをしてくれて当然と思うが、それに対して裏切られるから、怒ってしまうのかもしれない。
そういう点ではアメリカは寛容なのかもしれない。
なぜなら、多民族国家だから、自分と同じように相手が考えるとは限らないということを、感覚として理解しているからではないだろうか。
例えば、英語の授業に参加してても、南米系は先生の言葉をさえぎって自分の意見を言いがちだ。欧米系もそうかな。というか日本人以外だ。
一方、日本では、そうした行為は失礼で怒りの対象になる。
だから黙って静かに聞いているのだが、逆にこうした態度は、ちゃんと聞いてるの?と失礼の対象になることもあるだろう。
かといって日本人が怒られることは当然にない。それぞれの価値観なのね。という感じだ。日本人ってシャイねと言われて終わりというわけだ。
こちらとしても、無理強いされないから、自分の立場を守っていけるし、自分と違うことをする相手も理解できる。
こうして、相手への当然の期待を手放していったら、次第に寛容になっていけるのかもしれない。
ごにゃごにゃと書いたが、結局は良く分からなかった。
だけど、怒る文化より、怒らない文化のほうがストレスは少ないと思う。
だからなるべく怒りたくないなと思った今日この頃だった。












ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません