産後部屋に移動した
サンタクララの青空からこんにちは。
どうもおっちょこもりです。
出産後に病院で産後を過ごした部屋についてお送りします。
マタニティユニットへの搬送
出産用のユニットはとにかく混んでいる様子。
出産が終わると1時間ちょっとで、荷物をまとめて産後を過ごすマタニティユニットへ移動させられた。
夫の博士太郎さんは荷物をまとめて、私はベッドに乗ったまま赤子を胸の上に抱えて移動。
なんだかとても急なことでベッドの上で、あわあわしているうちにポーターのような人にベッドを押され、エレベーターに乗り、違う階のマタニティユニットに移動させられた。
催す
この移動に酔ったのかなんだか分からないが、マタニティユニットについたら吐き気が我慢できなくなる。
出産ユニットの看護士数名と、マタニティユニット看護士数名が部屋であれこれとやっていて、麻酔がきいている頭でついていけなかったのもあるだろう。
部屋に着いたところで、なんとか覚えた英語で
アイ、、フィール、、ナウシア
たぶん吐き気を感じると伝わったであろう英語を言うと、わたわたときたろう袋を渡してくれて、そこに催した。
麻酔後は飲み物しか飲めなかったので、リンゴジュースしか出てこなかったけど、すっきりした。
気持ち悪くなったのは麻酔のせいだったんだろうか。移動に酔ったからだろうか、誰も説明してくれないし、自分も聞かないからわからないじまいだった。
産後を過ごした部屋
産後を過ごした部屋は出産部屋よりはちょっと小さい個室。
自分用のベッドと付添人用のソファベッド、それから赤子用のクリブ?があった。

想像した通りだけど、育児に関しての指示は特になし。
それどころか、赤子を保温のために私の胸に抱かせて3時間放置。
3時間したらくるから、赤ちゃん置いておいてと言って4時間半来ない。
体重を測るといっていきなり身ぐるみはがして体重計に載せるから何も飲んでないのに赤子が吐く。
お風呂は必須じゃないからそのまま帰ってもいいわよ、と胎脂ベタベタの状態で退院させようとする。
なんてことはざらだった。
3時間おきの授乳とかは自分で知っていないとできなかっただろう。
ちなみに出産してから一度も赤子が目の前からいなくなることはなかった。
だから取り違えなんて絶対に起こらないのだけど、ずーっと母子同室で休む暇もない。
もらえるもの
ありがたかったのは病院からいろいろもらえるものがあること。
スタンフォード病院バッグに

おしり拭き、オムツ、体温計、それから会陰部のクーリングパッドなどいろんなものをもらって帰ることができた。
産褥パッドも産褥ショーツもたくさんもらえた。
ただ、ミルクだけは別。母乳育児を推奨しているからか、言わなきゃもらえなかった。

産後の仕打ち
ボロボロになった産後に待ち構えていたマタニティユニットでの仕打ちは、けっこう過酷だった。
まず、上に書いた通り吐く。
最初から最後まで母子同室。
いろんな人に2回目のトイレまでは付き添いが必要と言われて、何回もトイレ行くか?と聞かれる。
と思いきや、トイレ行きたいタイミングでは放置される。
なぜか回診に来るナースたちは、自分のメモに血圧などのバイタルをとっていく。
したがって、共有されないのでいろんなナースに1時間おきに赤子も私も血圧を測ったり、体温を測ったりで起こされる。
それに加えて、様々な赤子の検査やら、私への説明やらで、それぞれの担当の人がそれぞれのタイミングで来る。
ソーシャルワーカーが来たり、小児科医が来たり、産婦人科医が来たり、赤子の検査に来たり、ととにかく寝る暇を与えてくれなかった。
さすが縦割り業務アメリカ。連携はもちろんされてない。
そしていつも食事は、なんかしら欠品して届く。
産後30時間くらいで退院できたが、これ以上ここにいれないと思うほど、過酷だった。
産後ボロボロの体でオバフォーが完徹とかキツすぎる。
退院して家に帰れる時はほっとした。
痛みの処置
もちろん産後お股は激痛なのだが、日本はどうなのか知らないが、アメリカではアセトアミノフェンとイブプロフェンを飲んでやり過ごすだけ。
あとはお股を冷やすクーリングパッドをもらえて、それを使うくらい。
痛いと言っても、
冷やして薬飲んで
くらいの処置だった。産後1か月はなかなかこの痛みに苦しんだ。
そういえば出産後一度も傷の様子をみるとかななかったような気がする。
インターネットが普及していろんな情報があったから良かったけど、なかったらいろんなことに戸惑っただろう。
退院
いろんな必要な検査が終わると、退院の許可が出た。
前々日の10時半ごろに入院して、滞在は2泊3日というところ。出産からは30時間後、15時くらいに開放された。
個室にはシャワーもついていて、
シャワー浴びていいわよ
と言われていたが、アメニティを持ってこなかったのと、いろいろ面倒なのと、入れ替わり立ち替わりいろんな人が来るので、結局シャワーは浴びずに退院した。
退院時にカーシートのチェックがあると聞いていたが、口頭で確認されたのみ。
私は赤子を抱いて、車椅子に乗って病院の出口までポーターのような男の人に押される。
博士太郎さんは大量の荷物を抱える。
こうして病院の入り口に辿り着き、セキュリティチェックのようなものがあり、無事退院となった。
薬局で薬の受け取り
やっと家に帰れると思ったものの、痛み止めの薬を薬局に取りに行かなくてはいけない。
家の近所のCVSという薬局に届けられているので取りに行った。
ちなみにちょっと驚くのがアメリカの処方箋薬は大量に渡されるし、それがなくなったら、薬のパッケージに書いてある回数で詰め替え(リフィル)ができること。
たしかに薬をもらうためだけに病院にかかるとか、なかなか診てもらえない医療の中では難しいのでありがたい仕組みだ。
しかし、以前ESLの先生から聞いた話で、友達の旦那さんが薬を自己的に過剰に飲んで亡くなったという話も聞いた。
便利な一方、どこまでも自己責任の国だなと思う。しかし、私はこのスタイルのほうが好きだ。
ハロウィン
退院日はハロウィンだった。
昨年のハロウィンは家に引きこもりNCISというテレビドラマを見てハロウィンに彩られた街並みを見ることができなかった。今思えば悔やまれる。
今年も病院から家の移動のみで、いわゆるトリックオアトリートをみることがなかった。
しかし、病院のナースたちはみんな猫耳をつけていたり、スティッチになっていたりと仮装をして働いていた。
普通の服を着ている人は誰1人いない。
来年のハロウィンこそは、本場のトリックオアトリートを見に行きたい。
続き
退院後の3日目検診の様子を後日お送りします。











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